事務所通信 平成30年6月

6月の花火
おかげ様で私(舩橋)の子供も、少し大きくなり長男(右の写真)は小学校に入学できました。次男(左の写真)は、現在年中でお絵かきに夢中です。長女(2歳)は、最近は一人前の、主語と述語を使ったお話しをするようになりました。長女は、私に抱っこされていましたので、写真には写っておりません。
後ろのアジサイを見ると、亡くなった祖母を思い出します。祖母は、紫色が好きで、いつも紫色の服をきて近所の井戸端会議に出席しておりました。
きっとアジサイの影から祖母が子供たちを見守ってくれていることと思います。この後、お墓参りに行きました。子供は亡き祖母の存在をまだ知りませんが、いつかそれを知り、私が祖母に助けられたことも知るだろうと思います。

税理士 小牧市


つれづれ日記  スルガ銀行の凋落(ちょうらく)  17回目  舩橋

スルガ銀行の「かぼちゃの馬車事件」が世間を騒がせております。同銀行の行員が融資の際の審査書類を不正に改ざんしていたとのことです。つまり、融資実績を上げるためなら、ルール違反も厭(いと)わなかったということです。
もともとスルガ銀行は、知る人ぞしるオンリーワン銀行として高収益を獲得していました。その手法は、次の通りです。スルガ銀行は、住宅ローンに特化してきました。これは、かなり特異なことです。歴史的に銀行は、個人への融資を収益部門とは見てきませんでした。個人から預金をあつめて、その預金を他の企業に貸付をすることによって収益をあげてきました。各支店やATMは、その預金を集めるための集金システムであり必要コストだったのです。その中であえて、企業に目を向けずに個人の住宅ローンに特化したスルガ銀行は、常識の真逆をいくアウトローでした。そんなアウトローが高収益を獲得していたのです。
スルガ銀行は、融資の対象となりにくい顧客をあえてターゲットとしてきました。たとえばシニア層や外国人、転勤が多い会社員など、他行では融資を受けづらい顧客に積極的に融資を行ってきました。さらに住宅ローンの審査には、通常3日から5日かかりますが、スルガ銀行は早い場合には当日内に審査回答を出しました。これは、販売側の建設会社や不動産業者にとっては、たいへん有利なことで、見込み客にローンが付かないことが迅速に判断できれば、無駄な営業努力をしなくてもよいことになります。
さらにスルガ銀行は、企業向けの海外支店・大阪支店・新宿支店・渋谷支店も閉鎖し個人顧客にエネルギーを注ぎました。また住宅ローンに必要な機能に特化した「ハウジングローンセンター」もつくりました。

このようにスルガ銀行は、ある特定のターゲットに絞り込みライバルのいない領域にどんどん進んでいきました。これは、経済学的な視点からみても、成功する要素を多く含んでいます。勇気のいることだけど、誰もやっていないことを実行することによって、オンリーワン銀行になって高収益を生んでいたのです。それが、ある日突然新聞沙汰になってしまった。社会のモラルを無視して、犯罪行為といってもよいような業務をしてしまった。それは、なぜでしょうか?
おそらくスルガ銀行の行員たちは、シニア層や外国人・転勤族のために住宅ローンを勧めていたのではなく、自己の利益のために勧めていたのではないかと感じます。戦略はあっても、理念がなかったのではないでしょうか。
以前、会社を破産寸前から黒字企業に回復させた若い社長が、私にこう言いました。「俺はすごいよ。俺のおかげで、みんな助かったんだよ。俺って神様みたいなもんだよ」。このように調子がよくなってくると、人は自分自身を神格化させます。神格化された思考だと、自分が一番賢くて偉いんだ、という思いが出てきてしまいます。
きっとスルガ銀行の行員たちも、「高い利益を出しているから俺たちはすごい。ルール違反も怖くないよ」と思いあがってしまったのではないでしょうか。
神格化された思考をもつと、社会のために役に立つことをしようという気持ちはなくなります。その二つの思いは、相反するからです。社会のためにという思いがなければ、健康的で斬新なアイデアは生まれてきません。
そういえば将棋の名人・米長さんが過去にこんなことを言っていました。「調子のいい時ほど慎重に。調子の悪い時ほど楽天的に。」。
私も生活があるので、「お金のために仕事をしているわけではない」ということは言えません。しかし、仕事をしているときは常に、「社会や人様が少しでも苦しみや不安から逃れて楽になれますように」という祈りを込めて、そういう気持ちを持続させていきたいなと思います。なかなか難しいことではありますが。忘れないようにしたいです。


経営者クイズ

こたえ
B社の方が売上高も高いですし、最終的な当期純利益も高いですね。そのため、B社の方が、財務状態が良い・・・と思ってしまった方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、大切なのは中身です。
まず限界利益を比べるとA社は700でB社は1000です。
限界利益率を比べるとA社は700÷900=77%です。
B社は1000÷2000=50%です。
A社の方が、限界利益率が高く、効率の良い会社だとわかります。

当期純利益はA社が305でB社が600です。B社の方が、当期純利益が高いのですが、その原因は固定資産売却収入です。固定資産売却収入は正常な営業循環の活動から生じた収入ではありません。来期はもう固定資産売却収入は発生しないかもしれません。
経常利益を比べると、A社が300でB社が100です。正常な営業循環の活動から生じる安定的な収入はA社の方が高いです。

限界利益率と経常利益が高いA社の方がB社よりも財務状態が良いとなります。
売上の規模や最終的な利益よりも重要なものがあります。それは、限界利益率が高いことと、経常利益がしっかり出ていることです。


継続できる助言とは

 

舩橋会計では、TKCの継続MASというソフトを使って資金繰り計算や経営分析資料を作成したりしております。これって経営コンサルタントのやること?と思われる方もいらっしゃるかもしれません。いいえ、舩橋会計は、経営コンサルタントではありません。

経営コンサルタントは、もっとドラマティックで、ドラスティックに大胆な忠告を積極的に行います。立地から人材採用そして商品内容・サービス内容にまで忠告をします。よく言えば緊急外科手術的ですし、悪くいえば会社の骨組みを壊してしまいます。

舩橋会計は、お客様に具体的な指示ということはしません。客観的なデータ資料をもとに、お客様ご自身に考えていただくというスタンスをとります。それは控えめで側面的なサポートといえます。そういったソフトな対応ですので、何度も継続することが出来ます。だから継続MASというネーミングをTKCは付けたような気がします。

一方、専門の経営コンサルタントは、1回限りです。1回限りで会社の骨組みを砕いて、全く新しい手法を提案してきます。これを何度もやったら会社は、解体してしまいます。継続は、出来ないのです。

また過去の成功事例は、ほとんど他の会社では通用しない場合が多いです。例えば、北海道で成功した営業戦略は、東京では通用しません。中堅企業で成功した製品開発は、ファミリー企業では採用できません。このように地域や気候や企業文化などがそれぞれ違うはずですので、過去の他社の成功事例を真似してみても、そのほとんどは失敗に終わります。事実、私は経営コンサルタントが入って破産した会社を何度も見てきました。

一方、多くの会計事務所は、税金以外のお話しは意図的にしません。そこで利益が得られるわけでもなく、効率も下がるからです。必要最低限の税金計算で完了するのが、普通の会計事務所のスタンスです。反対に、会計事務所の人間がその企業に干渉してどんどん積極的に指示的な忠告をしてきたら、企業側はもう嫌になってしまうことと存じます。

舩橋会計は、積極的な干渉をしません。しかし、無関心ではありません。その中庸にある謙虚で側面的な助言を、資料の提供という形でさせていただきます。そのようなソフトなサポートは、継続できるのです。そして何が問題なのかというテーマ自体を経営者に考えていただきます。なぜなら本当にその会社を熟知し、その問題の脱出経路を発見出来るのは、社長以外にはいらっしゃらないからです。


不動産経営裏面に和田京子さんの新聞記事を掲載いたしました。この方は、85歳で5億円を稼いでいる不動産会社社長だそうです。80歳で起業されたので、約5年間で年収5億円になられたわけですね。すごい、というか神がかっています。
もちろん短期間で大きな売上を達成した裏には、緻密な計算と戦略があるはずです。そして戦略だけでなく、気が遠くなるような努力もされたことと推察します。
私、舩橋は現在46歳で来月には47歳になります。もう歳をとることが新鮮ではなくなり、そこに喜びも哀しみもありません。ただただ毎日忙殺されながら、「あー、俺も人生の折り返しを過ぎたのだな」と思っておりました。
そんな折、和田さんの記事を見て、たいへん自分を反省したところです。体が老いるほどに、心構えや思考は若々しくなりたい、そういう粋な歳のとり方をしたいなと感じました。

事務所通信 平成30年5月

記憶は技術(経営者は、教育者)

記憶力がいい人は、頭がいい人。記憶力がいいとテストの結果もよく、最終的には良い人生を生きることが出来る。でも記憶力は才能だから、特別な人にしかその多くは与えられていない。・・・なんて世の中では思われているような気がします。でも本当にそうでしょうか?私は、記憶というのは歯磨きや料理と同じように、一つの技術ではないかと感じます。

記憶の方法には、大きく分けて3パターンあります。一つ目は、そこに意味を付け加える。二つ目は、教える側の実体験を話す。三つめは、体を動かして体験として覚える。この順に忘れにくくもなるようです。以下順番に具体例を挙げてみます。
●一つ目 意味を付け加えて覚える 例えば小学校1年生にとって女という字を覚えることは、簡単ではありません。女という字を10回書いても明日までは覚えていられるかもしれませんが、これではすぐに忘れてしまいそうです。そこで女という字は、く ノ 一 (くのいち)と声に出してみます。そして「くのいち」というのは、女性の忍者のことなのだよ、と意味を付け加えます。
また女という字に﹅﹅と二つ付け加えますと、母という字になります。﹅﹅は、涙のようにもみえます。女の人で自分のために泣いてくれるのは、お母さんだよ、と意味を付け加えれば、母という字も一緒に覚えられます。
さらに母の上に草冠を書けば、苺(いちご)という字になります。いちごは甘くて可愛くて人間に恵を与えてくれる。まさに草の母だね。と立て続けに意味を加えれば、これで合計三つの漢字を簡単に、しかも長期記憶として覚えることができます。
意味を付け加えるという「ひと手間」を掛けると、記憶が強固になるならば、その「ひと手間」は結局は効率が良いということになります。
●二つ目 教える側の実体験を話す。 例えば子供に「平等院は宇治市にある」ということを覚えさせるとします。「平等院は宇治市」とノートに10回書けば明日までは、覚えていられるかもしれません。しかし、一生覚えていられるようにするには実体験を話すと良いです。次のように・・・パパはね。平等院へ高校生の時に行ったんだよ。平等院っていうのは、10円玉にも描かれているよ。横に宇治川っていう川が流れていてね。その川は、緑色しているんだよ。そういえば宇治茶も緑色だね。パパは、その緑色した宇治川の横を歩きながら、「どうしてこの宇治市という場所に平等院が造られたのだろう」と考えたよ。この宇治川の上流に行けば極楽があると昔の人は考えたんじゃないかな。そう思わせるくらい、この宇治川の緑色って深くて人を安心させる色をしているんだよ。日本地図でどこにあるか確認してみよう。
こんな感じで「平等院は宇治市」と覚えれば、なかなか忘れたくても忘れられないのではないでしょうか。もちろん、ここでも「ひと手間」かかります。
●三つ目 体を動かして体験として覚える。この説明は、すごく簡単です。例えば、車の運転や自転車の運転。それから料理など。体で覚えたことは、忘れません。ですから、パソコン操作や機械操作を従業員さんに教えたいなら、口頭や説明書を渡すだけでなく、実際に手を動かして操作してもうらうと良いです。隣にいて、その操作が正しいかどうかを確認しなければなりませんし、何か質問もされるかもしれませんので、やはりここでも「ひと手間」発生します。
今回、なぜ私がこのようなお話しをしたかというと、経営者の仕事の多くは、従業員に技術や知識を覚えていただくということだからです。従業員に何かを覚えていただくコツを知っている経営者は、それだけで会社を発展させると思うのです。
人に何かを教えるということは、大変な作業です。面倒な作業です。出来ることならさっさと自分のやるべき業務を片付けたいところです。しかし、そこをグッと我慢して、ていねいに従業員さんに教えていただきたいと思います。ていねいに教えて一番得をするのは誰でしょうか?私は、「ひと手間」かけた社長自身だと思います。そのように教えられた従業員は、加速的に知識や技術を吸収して、お客様にも同じようにていねいに接することでしょう。売上はあがり、労働分配率(限界利益に占める人件費の割合)は下がっていきます。

このようにみてくると、経営者というのは教育者とも言えると思います。良い教育をされた従業員は、家庭に帰っても良い思想や言葉をもつと思います。お客様に対しても良い影響を与えてくれます。つまり地域全体がほんのわずか、かすかに振動し良い波を打つと思うのです。その小さなさざ波が繰り返し重なれば地域経済にも気持ちのいい気づかいや言葉が生まれ派生するだろうと考えます。
それくらい経営者の言葉というのは、重い。他者に影響を与えています。さて、私舩橋自身はどうでしょうか?従業員さんの質問にめんどうくさそうに対応していないでしょうか?ちょっとあせります。気を付けたいと思います。


裏面にシニア層の労働に関する記事を掲載いたしました。私の感想から申しますと、若い方よりもお年をめした方の方が複雑な問題に対応する力がおありだと感じます。錯綜する情報を整理して落ち着いて判断できるのは、長年の経験がおありだからだろうと考えます。
また年齢を増すと記憶力が低下するというのは、単なる思い込みではないかと感じます。記憶は能力ではなく、技術ではないかと思うからです(これについては別紙でお話しします)。
反対に、お若い方は、瞬発的な情報集計能力が高いと感じます。例えば、大量のデータを短期間で処理したり、膨大な情報の中から一定条件を満たすものを探したり・・・。しかし、このような情報集計能力は人口知能が得意であり、今後どんどん機械に置き換わっていくと思います。
人間にしか出来ない複雑で建設的な総合判断。これこそが、お年をめした方の得意分野です。そして、これこそが、人口知能には出来ない今後求められる能力です。
これからは、シニア層が輝く時代ではないでしょうか。短時間であれば、お若い方に負けないパフォーマンスを発揮されると思います。

事務所通信 平成30年4月

つれづれ日記 16回目    端午(たんご)の節句(せっく)

人形
写真は、岳父からいただいた五月人形です。リビングが狭いので、こうしてガラスケースに入るサイズを飾っております。私は、人形のお顔を見るのが好きで、人形の前に椅子をもってきてしみじみと眺めたりします。
昔、中国では5月に厄払いをしていたそうです。それが日本の武家社会に取り入れられて、やがて跡継ぎの無事を祈る儀式になっていったそうです。現代では、男の子の成長を祈る国民的行事となりました。
長男は、今年から小学校1年生になりました。無事1年生まで成長できましたので、この5月人形にお礼をいわなければなりません。
1年生になると、「ひらがな」や「足し算」などを学びます。いろいろと学ばなければならない事が増えてきますので、ついつい子育て理念を忘れてしまいそうになります。
僕が決めた子育て理念は、「非常事態に強くなる」ということです。それには、答えの存在しない問題を時間をかけて考えて欲しいと思います。
そのため、会話の中で、次のような質問を子供にしたりします。
●先生はあのようにおっしゃったけど、本当は何が言いたかったと思う?人間って本当に言いたいことは言わなかったりするんだよ。そうちゃんも授業中にトイレに行きたくても、すぐに「トイレに行きたいです」って言えないでしょ。
●ピアニカでこの曲を弾くと、どんな空を思い出す?パパは、雲が高くてどこまでも広がっていくような空を思い出すけど。昔見た空かな?どんより曇った空かな?空を思い出しながらピアニカを弾いてみて。何かを思い出しながら演奏するのが、すばらしい演奏なんだよ。
●アインシュタインという人は、子供の頃にテストで1+1=2にならない、と書いたんだ。それで先生から「この子は、まともな大人にはなれない」と言われたんだよ。でもパパも1+1=1になるときがあると思うんだ。そうちゃんは、どんなときに1+1=1になると思う?
・・・こんな会話をいつも子供としています。たいへん楽しい時間です。そういえば、経営者の方もいつも答えのない問題に取り組んでおられると感じます。
もしも、答えの決まっている仕事だけをしているならば、それは従業員の立場のことをしているということになってしまいます。いえいえ、従業員だって答えのない問題に取り組んだりします。
経営者っていったい何者なのでしょうか?経営者の実態は、フワフワ・プニョプニョして輪郭(りんかく)のハッキリしない滲(にじ)んだものだと思います。ちょうど水彩画が滲(にじ)むように。
経営者は、晴れた一本道を迷いなく道草もしないで歩くような者ではないはずです。常に不確実で白とも黒とも言えぬような曲がりくねった道を迷いながら進んでいく、それが経営者の実態だと思います。なぜなら経営者は、イノベーション(技術やサービスの革新)を起こさなければ従業員を幸せに出来ないからです。利益は、イノベーションなくしては発生しません。
今自分が歩いている道が正しいのか、間違っているのか、それは誰にもわかりませんし、教えてくれません。それでも、その不確実な道を進み続けなければなりません。
その姿は、砂漠を進むキャラバンの隊長に似ています。
その姿は、ストレンジャーであり、いつも橋から川を眺めているムーミンのスナフキンを思い出させます。
その姿は、霧(きり)につつまれた森の中をさまようエクスプローラー(探究者)のようです。
もしも日常の雑務に追われて、茫洋(ぼうよう)と将来の会社の行く末を思い描く時間がないのであれば、その時間を強制的に確保していただきたいと思います。
舩橋会計との会話が、その未来を思いまどろむきっかけになっていただければ幸いです。


レモン市場(しじょう)とは
経済学では、不良品ばかりが出回ってしまう市場のことをレモン市場(英:lemon market)と呼びます。アメリカの俗語で、質の悪い中古車をレモンと呼ぶのが語源です。
このレモン市場を唱えたのは、アメリカの経済学者ジョージ・アカロフ(1970年)です。内容は、以下の通りです。
① レモン市場(中古車販売業界)では、売り手は取引する商品の品質をよく知っています。
② しかし、買い手は、その取引する商品の品質まではよくわかりません。
③ そのため売り手は買い手の無知につけ込んで、悪質な商品(レモン)を良質だとだまして販売する可能性があります。
④ 買い手は不信感からレモン市場(中古車販売業界)では、良質な商品を購入しなくなります。
⑤ 良質な商品が売れないので、結果的にレモン市場では、低品質の商品ばかり出回ることになります。本当は、レモン市場の中にも質の高い中古車もあるはずなのに。
では、このような悪循環を断ち切るためにはどうしたらよいのでしょうか?
ここからは私の見解となります。まずレモン市場がなぜ発生するのか?それは、売り手と買い手の情報格差があるからです。売り手と買い手が同じ量の情報をもっていれば、そこに不信感は生まれません(売り手が買い手をだますことが出来ないからです)。
売り手と買い手が同じ情報をもっており不信感がなければ、「レモン市場(中古車販売業界)の中にも高品質な中古車が存在するんだね」という共通認識が広がります。
そして、売り手は自信をもって「これは良いものだから値段は高くなりますよ」と言えます。
つまり売り手が全情報を開示すれば、悪循環は断てるはずです。
レモン市場は、どこにでも存在します。
このレモン市場を他人事だと思わないでください。レモン市場は、皆様の会社の中にも存在するはずです。本当はすごく良い商品やサービスがあるのだけれども、その情報をしっかり公開していないために、取引先から高品質を期待されていないという状況にはなっておりませんか?
「うちの良さをわかってくれない」とか「本当はいい商品があるのに売れないのはなぜ」というお気持ちはございませんか?もしそういうお気持ちがおありなら、今一度それらの商品やサービスの情報をお客様や取引先に十分公開しているか再確認してください。
もしかしたらお客様側からしたら、「そんなに良い商品があるなら、どうしてもっと早く教えてくれなかったの?」と思うかもしれません。
モニタリングサービス始めませんか?
売り手と買い手の情報格差を経済用語で、「情報の非対称性」と言います。会社と金融機関でもこの「情報の非対称性」が存在します。会社は、財務状態を熟知しています(自分の会社のことなので)。しかし、金融機関は、その会社の財務状態が本当に良いかどうか確信がもてません。だからなかなかお金を貸せなかったりします。
モニタリングサービスを行うと、会社の財務状況をインターネットを通じて金融機関が自由に閲覧できるようになります。財務情報としての「情報の非対称性」が解消されるわけです。会社も金融機関も同じ財務情報を共有するので、そこに信頼感が生まれます。金融機関からすれば、安心してお金を貸すことが出来ます。
外注費などを前払いする製造業や建設業などは、緊急で借入を行う必要が生ずる場合があります。そんなときに日常からモニタリングサービスをして金融機関に財務情報を公開しておけば、緊急の借入にも対応可能となります。
またモニタリングサービスが出来るということは、会社としてレベルの高い財務処理を行っている証拠となります。会計処理が遅れていたり粉飾をしていたりしては、モニタリングサービスを実行できないからです。
モニタリングサービスは、会社のステータスをも上げます。舩橋会計は、TKCのモニタリングサービスをサポートすることが出来ますので、ご質問等あればご連絡ください。

しゃくなげ

事務所のシャクナゲが花開きました。ここまで大きくなるのに10年ほどかかりました。毎年この姿を見るのが楽しみです。


企 業 防 衛 の 意 味
平成30年4月 税理士 舩橋信治
今日は、保険のお話しをさせていただきます。
舩橋会計では、保険のことは「企業防衛」と呼んでいます。では、いったい何から防衛するのか?以下事例を挙げます。

よくあるシチュエーション
●社長がガンで死亡しました。死亡時には、社長の会社に3,000万円の借り入れが銀行からありました。
●社長は保険に加入していなかったため、会社に保険金が入りませんでした。
●社長の奥さんは、一軒家に住んでいました。
●従業員は5名いて毎月の給与支払い合計額は、200万円です。
●この会社は、社長のカリスマ性と技術力で売上を獲得していたため、社長の死亡によって、売上は半減しました。そのため、会社を閉鎖することにしました。

さて、結果はどうなったでしょう
① 家族:会社に借金があった場合には、残された家族の土地建物がとられる可能性があります。アパートや親族の家に住まわせてもらう必要が生じます。
② 従業員:退職金や退職するまでの給与がもらえるか心配です。次の職場が見つかるまでの生活費の確保が心配です。
③ 取引先:会社を閉鎖するまえに未収金を払ってもらわないと、取引先は倒産する可能性が出てきます。

まとめ
かんたんにお話しをつくってみました。しかし、これを作り話と思わないでください。こういった状況になってしまった方が、舩橋会計のお客様にも現実にいらっしゃいます。
社長は、生きている間だけ責任をとればいいわけではありません。死んでからも経営者としての責任は残るのです。自分が今すぐ死んでも、残された家族や従業員や取引先が困らないように準備をすべきです。
通常の保険アドバイスは、節税や運用益を中心に考えます。しかし、舩橋会計は、社長とその周りの人々をやがて訪れる運命からお守りすることを第一に保険アドバイスを致します。だから舩橋会計では、保険のことを企業防衛と呼んでいるのです。

事務所通信 平成30年3月

つれづれ日記  15回目    紙芝居劇場     平成30年3月1日

私は、子供に紙芝居を読んで聞かせるのが毎日のルーティンワークになっております。なぜ絵本でなく紙芝居なのかと申しますと、私の家には三人の子供がおりまして、紙芝居ですと三人に対して一斉に読み聞かせることが出来て効率が良いからです。また一人の子供だけに絵本などを読んでおりますと、残りの子供がすねて階段に行ってしまったりします。三人平等に扱うという点でも紙芝居は良いのです。
しかし、紙芝居の欠点は、一斉に読み聞かすので、それぞれの子供のレベルに合ったストーリーを提供できないという点です。だいたい紙芝居というのは、5歳から7歳くらいの子供向けに造ってあるような気がします。うちの一番下の娘(長女)は2歳ですので、紙芝居を聞いてもそのストーリーは、ほとんど理解していないのだろうと感じます。まー、嫌な顔をしないでじっと聞いているので、お兄ちゃんと同じものを一緒に聞いているという満足を得ているのかなと推測しております。
ただときおり紙芝居を読みたくない日もあります。花粉症などで鼻が詰まっているときや、仕事が忙しいときは気持ちがのりません。ですので、さーとその場から逃げて一人になるようにしています。
私は、人間の五感の中でもとりわけ耳というのは、ひじょうに発達した機能だと考えております。赤ちゃんが胎児でお母さんのおなかの中にいるときに、一番初めに感じたのは、お母さんの心臓の音ではないでしょうか。それを耳から感じているのではないかと思います。
また人が死ぬ間際まで機能している五感も耳ではないでしょうか。死ぬ直前に目が見えなくなって指先の感覚がなくなっても、音だけは最後まで聞こえるのではないかと考えます。
さらに申しますと、赤ちゃんの学習は耳から始まります。まずは親などの声を聞いたり、風の音を聞いたりして、世界の存在を察知するのではないかと思います。
経営者も相手の耳の存在を意識して、言葉を発すれば、それは強力な武器になることでしょう。そしてその言葉と耳の作用を熟知して相手の心を自分の手のひらに収めてしまうことが、既にワザ化されている経営者は、卓越経営者として「他者からの尊敬」という祝杯を味わうことが出来ます。
むかーし、むかし、おじいさん と あばあさん がおりましたと。おじいさんは、山へしばかりに おばあさんは 川へせんたくに ・・・・この僕の声を彼らは、大人になっても覚えているでしょうか?ほとんど忘れているのだろうな。
昔話のストーリーは、必ず決まっています。正直者が幸せになるというストーリーです。ですので、私もミスをしたときには、正直にお客様に全てをお話ししなければならないと感じます。


何をすべきか、と同じくらいに、何をすべきではないか、ということに我々は、責任をもつべきである

上記の言葉は、私のお客様の名刺の裏に書いてあった言葉です。なぜか、私はこの言葉が気になって折に触れて記憶の引出しが開きます。
会社の業績が思うように伸びないケースがあります。この場合、多くの経営者の方は、「何をしなければならないか」と悩まれます。もちろん新しいアイデアを出すことは、とても重要だと感じます。
しかし、それ以上に大切なのは、「何をやめるべきか」ではないでしょうか?利益の発生しない分野に多くのエネルギーを費やしているために、業績が伸びないということは、意外に多いのです。
80年代の日本企業は、世界的にみても圧倒的に強かったです。しかし、90年代に入るとジャパン・アズ・ナンバーワンという言葉に斜陽が差してきます。
その理由は、いろいろと言われますが、大きな要因として、「日本の企業は本業以外をやりすぎる」ということが挙げられます。もうからないのに将来の投資ということで、いろいろなことに手を出しすぎるらしいのです。
たしかにそうかもしれません。私がアイシン精機にいた頃には、いったい何をしているのか全く見当のつかない部署が刈谷の本社ビルに存在していました。
さて、私達個人事業者やファミリー企業も本業以外のことをしていないでしょうか?本業以外のことをして失敗するのも良い経験だと思いますが、それが長期に渡ると深刻な状況になります。
個人事業者の場合は、生活全体が事業とリンクしているため、学校関係の活動や業界団体の役員その他地域のボランティア活動なども本業以外の活動と考えて良いでしょう。
私は、無理をしてボランティアをする必要はないと考えています。雇用を生み出して納税をしているだけで十分に社会貢献をされていると思うからです。
何をすべきか、は広き門で   何をすべきではないか、は狭き門  のように感じます。


自己破産する方の共通点
舩橋会計でも3年に1件程度の割合で、自己破産するお客様がいらっしゃいます。その方々の共通点は、「会計処理をまとめてされる」ということです。会計処理をまとめてする、と以下のような問題が生じます。
●決算の時になって、やっと自社の状況を知る。それまでは、自社が儲かっているのか、損失を出しているのかわからない。
●経営を数値を使って考えることが出来ないため、客観的に冷静に自分を見ることが出来ない。感情的に物事を考えてしまう。
●税金がどれくらい出るのかわからないため、資金繰りに困る。
●数値を使って社内会議をすることが出来ない。そのため、感情的に個人攻撃をするか、その反対に、全く無関心でコミュニケーションをとらないといった状況になる。

そもそも自己破産しないために会計処理を遅れずに正確に行うというのは、中世ヨーロッパの都市国家で始まりました。会計処理というのは、税金計算のために始まったのではありません。自己破産防止のために始まったのです。
むかしの人は、よくわかっていたのです。会計処理が遅れるような会社は危ないと。

また、私は会計処理の必要性を以下のように考えます。
会計処理は、税務署に報告するためのものと一般的には思われています。しかし、税務署の前に、自分が自分に報告をする役割があるのだと思います。
結果がよかろうが、悪かろうが、それはどちらでもいいではないですか。一所懸命に努力したのなら、結果に一喜一憂する意味はありません。
それよりも1年間頑張った自分に、自分が報告をしてあげないといけないと思います。報告しなければ、1年間頑張った過去の自分は無視されたままです。
結果を見るのは、とても怖いことだと思います。本当の自分の力量を知るのは、辛い作業です。ここを直視して冷静に受け止められる方は、とても強い方だと思います。

事務所通信 平成30年2月

つれづれ日記14回目    型の文化        平成30年2月6日
先日、うちの長男(6歳)の通っている幼稚園の授業参観がありました。内容は、剣道です。長男は、普段剣道は嫌いだと言います。先生が怖いらしいのです。しかし、この日は、剣道の防具を付けることができ、その防具が気に入ったようで、剣道は好きと言い出しました。
剣道や柔道、弓道、茶道、書道、香道など日本には、道という字の付く文化が多いです。これらは、全て型の文化ですね。一定の型を学ぶことに、全エネルギーが費やされます。型があると、自由がないようにも感じます。とても息苦しいような気もします。自由とは、型やルールのない無調整の状態をいうような気もします。
例えば政治で、自民党とか共産党とか民進党のように政治には一定のグループがあります。それに反して無所属というアナーキー(無思想)な立ち位置もあります。アナキスト(無政府主義者)は、「自分はアナキストだからどの考え方にも縛られない」と言ったりします。しかし、本人は気づかなくても「どの考え方にも縛られない」という考え方に縛られているのです。
これは会社にも当てはまります。うちの会社は、「どのスタイルにも属さない自由な方針」だ、と言ったとしても、それは、「どのスタイルにも属さない自由な方針」という方針に縛られることになります。究極的な例えではありますが、結局私達人間も組織も一定の型にはまらずに生きていくことは、不可能だと言えます。
また型とかルールというものは、人や組織を本当に拘束するものでしょうか?例えば、道路交通法が存在しなくて、「右でも左でもいいから好きなように走ればいい」とか「車が来ると思ったらストップすればいいから信号はありません」と言われたらどうでしょうか?そんな道は、とても怖くて車では走ることは出来ないですよね。道路交通法という一定のルールがあるから、私達は、車に乗って好きな時間に好きな所へ移動することが可能となります。
音楽ではどうでしょうか?ドレミファソラシドという音階は、教会音楽から生まれました。古典クラシックや歌謡曲は、この音階を使っているので聞きやすいです。ジャズであれば、ブルーノートスケールを使います。フラメンコならスパニッシュスケールを使います。ヨーロッパの舞曲では、ハンガリースケールを使ったものがよく知られています。つまり音階(スケール)という一定の型やルールがあるから、その中で自由な作曲が行なわれるのです。そして、いくら自由に作曲してもスケールという型を守っている以上、曲調は崩れないのです。
こうして考えてきますと、会社にも型やルールが必要なのではないか、そういったものがあった方が社員は自由な発想や取り組みが出来るのではないか、という気がします。反対に、全く型やルールのない会社というのは、とても怖いようにも感じます。型やルールがないということは、社長の「鶴の一声」で全てが決まってしまうからです。
ここで誤解を招かないように補足いたしますが、ここでお話ししている型やルールというのは、単に人を縛り付ける規則のことではありません。例えば、「朝は8時に出勤して遅刻してはいけません」とか「来客があったら、〇〇さんが煎茶を出しなさい」とか「金髪は禁止です」と言ったものではありません。ここでお話ししている型やルールというのは、あくまで社長の理念から生じた、その理念を守るために必要なルールということになります。「金髪は禁止です」というルールも社長の理念から生じているならば、それは人を縛るものではなくて、型と言っても良いかもしれません。
現実的にも社長の理念から発生した型やルールでなければ、従業員はそれを納得して守ろうとはしないと思います。理念なき、ルールの押し付けでは反発を招くおそれがあります。
社長の理念から生じた型を持っている会社は、自由をもっており、その自由な領域の中で社員は柔軟な発想を楽しむことが出来る、と私は現在のところ考えております。
息子は、剣道を続けるのでしょうか?気まぐれな子供なので、明日には別の何かをやりたいと言っているかもしれません。しかし、剣道というのは、考えてみるとつくづく不思議なスポーツです。剣道は、おそらく確実に相手を殺す方法を突き詰めていった末に、現在のルールが出来上がったと思うのです。武士が刀を差して歩いている時代に発展した武道が剣道です。武士が「習い事感覚」で剣道をやっていたとは思えません。本当に相手を殺すことを念頭において、剣道の練習をしていたはずです。でなければ自分が殺されるので。
相手を確実に殺す効率を究極に考え抜いた末に、型が出来た。そこに剣術ではなく剣道という「道」が出来た。道というのは、心の在り方も含めた人の生き方です。効率を究極的に求めていくとそれに相反する心にたどり着く、芸の不思議さというか奥深さを感じます。


平成29年度分の個人の所得税確定について

★申告期限:平成30年3月15日
★下記のうち該当する資料の送付をお願いします。
●国民健康保険料 支払証明のハガキ
●生命保険、地震保険料控除等 支払証明のハガキ
●年金の源泉徴収票 平成29度分
●給料の源泉徴収票 平成29度分
●医療費の領収書 平成29度分
●寄付金の証明書 平成29年分
●住宅借入金控除申告書 平成29度分
●住宅借入金控除のための借入金残高証明書
●個人事業主の方
●現金出納帳 、 クレジットカード明細
●通帳のコピー(A4サイズで130%コピー)
●売掛金明細、買掛金明細、棚卸残高(H29.12.31)
●賃金台帳
●不動産、株等の譲渡があった場合はその資料
お忙しいと存じますが、まだ上記資料を弊所に郵送されていないお客様は、早急にお送り下さいますようお願い致します。


平成29年度分の贈与税申告について

平成29年度中に下記の事項に当てはまる行為を受けた方は、平成30年3月15日までに贈与税の申告書を税務署に提出する必要があります。

  • 借入金を免除された場合
  • 実際の時価よりも著しく低い価格で資産を購入した場合(時価100万円を超えるような資産)
  • 家賃を払ってもらったなど経済的利益を受けた場合(年間の経済的利益が110万円以上の場合)
  • 生命保険金を受け取った場合で、被保険者や保険金受取人以外がその生命保険料を支払っていた場合
  • 年間に110万円をこえるお金を受け取った場合
  • 年間に時価110万円をこえる資産を無償でゆずってもらった場合
  • 土地や建物の名義を変更した場合
  • 株をもらった場合(株主名簿の変更)

事務所通信 平成30年1月

経営理念をお持ちの会社は多いです。しかし、その経営理念は、浸透させなければ意味がありません。経営理念の浸透には、5年から10年ちかくかかると感じます。

なぜそれほど時間がかかるのか?それは、経営理念というのは、その仕事のレベルが経営者と同レベルにならないと必要性を感じないからです。経営者がつくった経営理念の意味は頭では理解できるけど、それを実感として必要なものと感じることは難しいのです。仕事のレベルが初歩の段階ですと、大きな困難に遭遇していません。そのようなレベルの人間が経営者と同じ情熱で経営理念を信用することは難しいのです。

また経営者がAという経営理念をもっていても、従業員はA‘やAAといった少し形の違った受け止め方をします。もしも従業員がスポーツマンだったら、過去のコーチの教えを重ね合わせて経営者の経営理念を理解することでしょう。もしも従業員が親から大切にされて育ったのなら家族愛と結び付けてその経営理念を理解することでしょう。

ですので、なるべく経営者と同じ感覚で経営理念をもってもらうためには、何度も何度も反復して事例を出しながら伝えていくしかないのです。朝礼や仕事を教えるときに、経営理念をミックスさせながら情熱をもって語る必要があります。だから経営者は大変なんですね。もしも経営理念を語らないで、ただ従業員を注意だけしてしまうと、それは経営者ではなく管理者になってしまいます。

なぜその仕事をするのか。その仕事にどんな意味があるのか。そういった仕事の重量感やプライドを従業員に植え付けさせるのが経営者の役目でもあります。反対に、そういったことが語れる経営者は、従業員から見ても魅力的な経営者に映ります。

また仕事の重量感やプライドは、正社員だけでなくアルバイトにも植え付けさせる必要があります。ディズニーで働くほとんどの人は、アルバイトです。しかし、その接客レベルはひじょうに高いものがあります。なぜディズニーの接客レベルは、アルバイトにもかかわらず高いのか?答えは簡単です。経営理念があるからです。そして、それを浸透させているからです。

ディズニーは、映画などでそのイメージが初めから構築されております。映像なので誰からもわかりやすいのです。ディズニーという人は、青年になっても汽車を眺めるのが好きだったようです。草原に寝そべり、夜になっても、明かりをともしてこちらにやってくる汽車をずっと眺めている、そういう青年だったようです。大人になりたくても、子供の頃のあこがれを捨てられない、捨てようと思っても自分では捨てることが出来ない、大人になれない。子供だった自分がいつまでも、現在の自分を追いかけてくる。そういう葛藤のエネルギーをアニメに注いでディズニーは生まれたのではないか、と個人的に考えております。

ディズニーのアルバイトさんに以下のような質問をすると、以下のような答えが当たり前のように返ってきます。それは、経営理念が浸透しているからです。

●質問:ゴミ拾いをしているんですか?
アルバイトさんの答え:いいえ、夢のかけらを拾っているんです。

●質問:ミッキーの中は、本当は人間なんでしょう?
アルバイトさんの答え:いいえ、あれがミッキーなんです。あの舞台にいるミッキーがミッキーなんです。

これは、本に書いてあった話ではなく私の友人から聞いた実話です。彼は、ダンスが好きでオーディションに応募してディズニーのダンサーになりました。雇用形態はアルバイトでした。それでも夢のディズニーで働けるということで、大喜びでした。

経営理念が明確に浸透していると、働く人も喜びをもって働けるし、強制されなくても会社のイメージを守ってくれるのかな・・・彼が喜々としてディズニーでの労働を話す光景を思い出すと、そう考えるのです。


 

つれづれ日記 13回目  犬とは
あけまして、おめでとうございます。平成29年があっという間に疾走してあちら側の世界に行ってしまった、と思うほど短かった1年でした。これからもこうやって早く時間が経過してしまうのかな?それはちょっとまずい状態なんじゃないかな、と感じるところです。もう少しゆとりをもって、時間のスペースもつくって生きていかないとダメなんじゃないかと考えます。
犬年ということで、犬という生き物について少しお話しさせていただきます。犬のご先祖はオオカミだろうと、現在の科学では推測されているようです。私は個人的には、オオカミではなく、もともと野生の犬がいてそれを家畜化したのではないかと感じております。それは、先日東山動物園に行っても感じました。東山動物園では、皆様もご存知のようにオオカミを飼育しております。ガラス張りのオリの中で、オオカミはうろうろ・うろうろと歩き続けていました。オオカミ君は、立ち止まるということを知りません。ちょうどマグロが泳ぎ続けるのと同じです。
犬は、その反対です。じっと座っています。主人が建物に入った場合には、その建物から出てくるまで何時間も座って待ちます。それは、義務感からではなく、頭をなでてもらいたい一心からです。肺の形状も犬とオオカミでは違うようです。オオカミは長距離に渡って獲物を追いかけるため、肺の形状も犬のそれよりも大きくつくられているようです。
マンモスを食料としていた時代には、きっと犬は大活躍したと推測されます。マンモスという大きな動物をしとめるには、まともに人間が戦ったのでは勝てません。そのため大きな落とし穴みたいな穴を掘って、そこにマンモスを追い込んで落としたのではないでしょうか?マンモスを追いかける役目は、もちろん犬です。マンモスがちゃんと穴に落ちるようにその経路を木の柵で造っておいたのではないでしょうか?牛や馬もそうやって獲得していたのではないでしょうか?もしそうだとすると、石器時代の人間は、効率よく食料を獲得して余裕のある生活をしていたかもしれません。
稲作をして集団生活をするようになり安定して穀物を獲得できるようになって生活の安定を得た・・・と考える歴史学者は多いと思いますが、本当にそうかは疑問ですね。なぜなら集団生活をするということは、人が人を管理することの始まりだからです。当然、目標ノルマも発生します。そうやってノルマに追われて過酷な労働を強いられ、その労働から生まれる果実を享受できるのは一部の領主だけという時代が近代まで続きました。・・・いや、今もそれは続いているかもしれません。大企業が派遣社員を上手に利用している姿を見ると。となると私達は、豊かになった反面失ったものも多いのではないかと感じます。
私の母屋にも柴犬がおります。名前を竜馬(リョウマ)といいます。親が足が弱くなってきたので、散歩するために親には内緒で勝手に犬を買ってきたのです。そして、明日から一緒に散歩をしようと母屋に犬を放り込んだのです。その犬を見たいとある女性が言ったので、母屋にいるまだ幼い柴犬を見せてあげました。そのある女性は、現在私の妻となっております。もしかしたら犬によってご縁を結んでいただいたのかもしれません。
どうでもいい犬の話を私の勝手な思い込みで、だらだらとさせていただきました。皆様にとって犬とはどんな存在でしょうか?犬には不思議な力があると私は信じております。仕事に疲れたとき、思うように事が進まないとき、犬をなでると心の奥の方の疲れや淀みがサーと薄れていくように感じます。犬は、人間の悲しみや苦しみを吸収してくれる特別な力があるような気がします。また皆様の犬の思い出話をお聞かせいただければ嬉しいです。
あー、一つ、お伝えし忘れたことがあります。マイライフ・アズ・ア・ドッグという1985年のスウェーデン映画がございます。これは、私が学生時代に先生から勧められて見た映画です。どうってことない事件性のないドキドキしない犬の映画です。ですが、一生忘れられない映画です。理由は自分でもわかりません。物や金や地位に影響されないで、あんなふうに素朴に生きたいと子供の頃の憧憬を感じさせる映画です。