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事務所通信 平成30年1月

事務所通信bana平成30年1月

経営理念をお持ちの会社は多いです。しかし、その経営理念は、浸透させなければ意味がありません。経営理念の浸透には、5年から10年ちかくかかると感じます。

なぜそれほど時間がかかるのか?それは、経営理念というのは、その仕事のレベルが経営者と同レベルにならないと必要性を感じないからです。経営者がつくった経営理念の意味は頭では理解できるけど、それを実感として必要なものと感じることは難しいのです。仕事のレベルが初歩の段階ですと、大きな困難に遭遇していません。そのようなレベルの人間が経営者と同じ情熱で経営理念を信用することは難しいのです。

また経営者がAという経営理念をもっていても、従業員はA‘やAAといった少し形の違った受け止め方をします。もしも従業員がスポーツマンだったら、過去のコーチの教えを重ね合わせて経営者の経営理念を理解することでしょう。もしも従業員が親から大切にされて育ったのなら家族愛と結び付けてその経営理念を理解することでしょう。

ですので、なるべく経営者と同じ感覚で経営理念をもってもらうためには、何度も何度も反復して事例を出しながら伝えていくしかないのです。朝礼や仕事を教えるときに、経営理念をミックスさせながら情熱をもって語る必要があります。だから経営者は大変なんですね。もしも経営理念を語らないで、ただ従業員を注意だけしてしまうと、それは経営者ではなく管理者になってしまいます。

なぜその仕事をするのか。その仕事にどんな意味があるのか。そういった仕事の重量感やプライドを従業員に植え付けさせるのが経営者の役目でもあります。反対に、そういったことが語れる経営者は、従業員から見ても魅力的な経営者に映ります。

また仕事の重量感やプライドは、正社員だけでなくアルバイトにも植え付けさせる必要があります。ディズニーで働くほとんどの人は、アルバイトです。しかし、その接客レベルはひじょうに高いものがあります。なぜディズニーの接客レベルは、アルバイトにもかかわらず高いのか?答えは簡単です。経営理念があるからです。そして、それを浸透させているからです。

ディズニーは、映画などでそのイメージが初めから構築されております。映像なので誰からもわかりやすいのです。ディズニーという人は、青年になっても汽車を眺めるのが好きだったようです。草原に寝そべり、夜になっても、明かりをともしてこちらにやってくる汽車をずっと眺めている、そういう青年だったようです。大人になりたくても、子供の頃のあこがれを捨てられない、捨てようと思っても自分では捨てることが出来ない、大人になれない。子供だった自分がいつまでも、現在の自分を追いかけてくる。そういう葛藤のエネルギーをアニメに注いでディズニーは生まれたのではないか、と個人的に考えております。

ディズニーのアルバイトさんに以下のような質問をすると、以下のような答えが当たり前のように返ってきます。それは、経営理念が浸透しているからです。

●質問:ゴミ拾いをしているんですか?
アルバイトさんの答え:いいえ、夢のかけらを拾っているんです。

●質問:ミッキーの中は、本当は人間なんでしょう?
アルバイトさんの答え:いいえ、あれがミッキーなんです。あの舞台にいるミッキーがミッキーなんです。

これは、本に書いてあった話ではなく私の友人から聞いた実話です。彼は、ダンスが好きでオーディションに応募してディズニーのダンサーになりました。雇用形態はアルバイトでした。それでも夢のディズニーで働けるということで、大喜びでした。

経営理念が明確に浸透していると、働く人も喜びをもって働けるし、強制されなくても会社のイメージを守ってくれるのかな・・・彼が喜々としてディズニーでの労働を話す光景を思い出すと、そう考えるのです。


 

つれづれ日記 13回目  犬とは
あけまして、おめでとうございます。平成29年があっという間に疾走してあちら側の世界に行ってしまった、と思うほど短かった1年でした。これからもこうやって早く時間が経過してしまうのかな?それはちょっとまずい状態なんじゃないかな、と感じるところです。もう少しゆとりをもって、時間のスペースもつくって生きていかないとダメなんじゃないかと考えます。
犬年ということで、犬という生き物について少しお話しさせていただきます。犬のご先祖はオオカミだろうと、現在の科学では推測されているようです。私は個人的には、オオカミではなく、もともと野生の犬がいてそれを家畜化したのではないかと感じております。それは、先日東山動物園に行っても感じました。東山動物園では、皆様もご存知のようにオオカミを飼育しております。ガラス張りのオリの中で、オオカミはうろうろ・うろうろと歩き続けていました。オオカミ君は、立ち止まるということを知りません。ちょうどマグロが泳ぎ続けるのと同じです。
犬は、その反対です。じっと座っています。主人が建物に入った場合には、その建物から出てくるまで何時間も座って待ちます。それは、義務感からではなく、頭をなでてもらいたい一心からです。肺の形状も犬とオオカミでは違うようです。オオカミは長距離に渡って獲物を追いかけるため、肺の形状も犬のそれよりも大きくつくられているようです。
マンモスを食料としていた時代には、きっと犬は大活躍したと推測されます。マンモスという大きな動物をしとめるには、まともに人間が戦ったのでは勝てません。そのため大きな落とし穴みたいな穴を掘って、そこにマンモスを追い込んで落としたのではないでしょうか?マンモスを追いかける役目は、もちろん犬です。マンモスがちゃんと穴に落ちるようにその経路を木の柵で造っておいたのではないでしょうか?牛や馬もそうやって獲得していたのではないでしょうか?もしそうだとすると、石器時代の人間は、効率よく食料を獲得して余裕のある生活をしていたかもしれません。
稲作をして集団生活をするようになり安定して穀物を獲得できるようになって生活の安定を得た・・・と考える歴史学者は多いと思いますが、本当にそうかは疑問ですね。なぜなら集団生活をするということは、人が人を管理することの始まりだからです。当然、目標ノルマも発生します。そうやってノルマに追われて過酷な労働を強いられ、その労働から生まれる果実を享受できるのは一部の領主だけという時代が近代まで続きました。・・・いや、今もそれは続いているかもしれません。大企業が派遣社員を上手に利用している姿を見ると。となると私達は、豊かになった反面失ったものも多いのではないかと感じます。
私の母屋にも柴犬がおります。名前を竜馬(リョウマ)といいます。親が足が弱くなってきたので、散歩するために親には内緒で勝手に犬を買ってきたのです。そして、明日から一緒に散歩をしようと母屋に犬を放り込んだのです。その犬を見たいとある女性が言ったので、母屋にいるまだ幼い柴犬を見せてあげました。そのある女性は、現在私の妻となっております。もしかしたら犬によってご縁を結んでいただいたのかもしれません。
どうでもいい犬の話を私の勝手な思い込みで、だらだらとさせていただきました。皆様にとって犬とはどんな存在でしょうか?犬には不思議な力があると私は信じております。仕事に疲れたとき、思うように事が進まないとき、犬をなでると心の奥の方の疲れや淀みがサーと薄れていくように感じます。犬は、人間の悲しみや苦しみを吸収してくれる特別な力があるような気がします。また皆様の犬の思い出話をお聞かせいただければ嬉しいです。
あー、一つ、お伝えし忘れたことがあります。マイライフ・アズ・ア・ドッグという1985年のスウェーデン映画がございます。これは、私が学生時代に先生から勧められて見た映画です。どうってことない事件性のないドキドキしない犬の映画です。ですが、一生忘れられない映画です。理由は自分でもわかりません。物や金や地位に影響されないで、あんなふうに素朴に生きたいと子供の頃の憧憬を感じさせる映画です。

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