事務所通信 平成30年5月

記憶は技術(経営者は、教育者)

記憶力がいい人は、頭がいい人。記憶力がいいとテストの結果もよく、最終的には良い人生を生きることが出来る。でも記憶力は才能だから、特別な人にしかその多くは与えられていない。・・・なんて世の中では思われているような気がします。でも本当にそうでしょうか?私は、記憶というのは歯磨きや料理と同じように、一つの技術ではないかと感じます。

記憶の方法には、大きく分けて3パターンあります。一つ目は、そこに意味を付け加える。二つ目は、教える側の実体験を話す。三つめは、体を動かして体験として覚える。この順に忘れにくくもなるようです。以下順番に具体例を挙げてみます。
●一つ目 意味を付け加えて覚える 例えば小学校1年生にとって女という字を覚えることは、簡単ではありません。女という字を10回書いても明日までは覚えていられるかもしれませんが、これではすぐに忘れてしまいそうです。そこで女という字は、く ノ 一 (くのいち)と声に出してみます。そして「くのいち」というのは、女性の忍者のことなのだよ、と意味を付け加えます。
また女という字に﹅﹅と二つ付け加えますと、母という字になります。﹅﹅は、涙のようにもみえます。女の人で自分のために泣いてくれるのは、お母さんだよ、と意味を付け加えれば、母という字も一緒に覚えられます。
さらに母の上に草冠を書けば、苺(いちご)という字になります。いちごは甘くて可愛くて人間に恵を与えてくれる。まさに草の母だね。と立て続けに意味を加えれば、これで合計三つの漢字を簡単に、しかも長期記憶として覚えることができます。
意味を付け加えるという「ひと手間」を掛けると、記憶が強固になるならば、その「ひと手間」は結局は効率が良いということになります。
●二つ目 教える側の実体験を話す。 例えば子供に「平等院は宇治市にある」ということを覚えさせるとします。「平等院は宇治市」とノートに10回書けば明日までは、覚えていられるかもしれません。しかし、一生覚えていられるようにするには実体験を話すと良いです。次のように・・・パパはね。平等院へ高校生の時に行ったんだよ。平等院っていうのは、10円玉にも描かれているよ。横に宇治川っていう川が流れていてね。その川は、緑色しているんだよ。そういえば宇治茶も緑色だね。パパは、その緑色した宇治川の横を歩きながら、「どうしてこの宇治市という場所に平等院が造られたのだろう」と考えたよ。この宇治川の上流に行けば極楽があると昔の人は考えたんじゃないかな。そう思わせるくらい、この宇治川の緑色って深くて人を安心させる色をしているんだよ。日本地図でどこにあるか確認してみよう。
こんな感じで「平等院は宇治市」と覚えれば、なかなか忘れたくても忘れられないのではないでしょうか。もちろん、ここでも「ひと手間」かかります。
●三つ目 体を動かして体験として覚える。この説明は、すごく簡単です。例えば、車の運転や自転車の運転。それから料理など。体で覚えたことは、忘れません。ですから、パソコン操作や機械操作を従業員さんに教えたいなら、口頭や説明書を渡すだけでなく、実際に手を動かして操作してもうらうと良いです。隣にいて、その操作が正しいかどうかを確認しなければなりませんし、何か質問もされるかもしれませんので、やはりここでも「ひと手間」発生します。
今回、なぜ私がこのようなお話しをしたかというと、経営者の仕事の多くは、従業員に技術や知識を覚えていただくということだからです。従業員に何かを覚えていただくコツを知っている経営者は、それだけで会社を発展させると思うのです。
人に何かを教えるということは、大変な作業です。面倒な作業です。出来ることならさっさと自分のやるべき業務を片付けたいところです。しかし、そこをグッと我慢して、ていねいに従業員さんに教えていただきたいと思います。ていねいに教えて一番得をするのは誰でしょうか?私は、「ひと手間」かけた社長自身だと思います。そのように教えられた従業員は、加速的に知識や技術を吸収して、お客様にも同じようにていねいに接することでしょう。売上はあがり、労働分配率(限界利益に占める人件費の割合)は下がっていきます。

このようにみてくると、経営者というのは教育者とも言えると思います。良い教育をされた従業員は、家庭に帰っても良い思想や言葉をもつと思います。お客様に対しても良い影響を与えてくれます。つまり地域全体がほんのわずか、かすかに振動し良い波を打つと思うのです。その小さなさざ波が繰り返し重なれば地域経済にも気持ちのいい気づかいや言葉が生まれ派生するだろうと考えます。
それくらい経営者の言葉というのは、重い。他者に影響を与えています。さて、私舩橋自身はどうでしょうか?従業員さんの質問にめんどうくさそうに対応していないでしょうか?ちょっとあせります。気を付けたいと思います。


裏面にシニア層の労働に関する記事を掲載いたしました。私の感想から申しますと、若い方よりもお年をめした方の方が複雑な問題に対応する力がおありだと感じます。錯綜する情報を整理して落ち着いて判断できるのは、長年の経験がおありだからだろうと考えます。
また年齢を増すと記憶力が低下するというのは、単なる思い込みではないかと感じます。記憶は能力ではなく、技術ではないかと思うからです(これについては別紙でお話しします)。
反対に、お若い方は、瞬発的な情報集計能力が高いと感じます。例えば、大量のデータを短期間で処理したり、膨大な情報の中から一定条件を満たすものを探したり・・・。しかし、このような情報集計能力は人口知能が得意であり、今後どんどん機械に置き換わっていくと思います。
人間にしか出来ない複雑で建設的な総合判断。これこそが、お年をめした方の得意分野です。そして、これこそが、人口知能には出来ない今後求められる能力です。
これからは、シニア層が輝く時代ではないでしょうか。短時間であれば、お若い方に負けないパフォーマンスを発揮されると思います。

事務所通信 平成30年4月

つれづれ日記 16回目    端午(たんご)の節句(せっく)

人形
写真は、岳父からいただいた五月人形です。リビングが狭いので、こうしてガラスケースに入るサイズを飾っております。私は、人形のお顔を見るのが好きで、人形の前に椅子をもってきてしみじみと眺めたりします。
昔、中国では5月に厄払いをしていたそうです。それが日本の武家社会に取り入れられて、やがて跡継ぎの無事を祈る儀式になっていったそうです。現代では、男の子の成長を祈る国民的行事となりました。
長男は、今年から小学校1年生になりました。無事1年生まで成長できましたので、この5月人形にお礼をいわなければなりません。
1年生になると、「ひらがな」や「足し算」などを学びます。いろいろと学ばなければならない事が増えてきますので、ついつい子育て理念を忘れてしまいそうになります。
僕が決めた子育て理念は、「非常事態に強くなる」ということです。それには、答えの存在しない問題を時間をかけて考えて欲しいと思います。
そのため、会話の中で、次のような質問を子供にしたりします。
●先生はあのようにおっしゃったけど、本当は何が言いたかったと思う?人間って本当に言いたいことは言わなかったりするんだよ。そうちゃんも授業中にトイレに行きたくても、すぐに「トイレに行きたいです」って言えないでしょ。
●ピアニカでこの曲を弾くと、どんな空を思い出す?パパは、雲が高くてどこまでも広がっていくような空を思い出すけど。昔見た空かな?どんより曇った空かな?空を思い出しながらピアニカを弾いてみて。何かを思い出しながら演奏するのが、すばらしい演奏なんだよ。
●アインシュタインという人は、子供の頃にテストで1+1=2にならない、と書いたんだ。それで先生から「この子は、まともな大人にはなれない」と言われたんだよ。でもパパも1+1=1になるときがあると思うんだ。そうちゃんは、どんなときに1+1=1になると思う?
・・・こんな会話をいつも子供としています。たいへん楽しい時間です。そういえば、経営者の方もいつも答えのない問題に取り組んでおられると感じます。
もしも、答えの決まっている仕事だけをしているならば、それは従業員の立場のことをしているということになってしまいます。いえいえ、従業員だって答えのない問題に取り組んだりします。
経営者っていったい何者なのでしょうか?経営者の実態は、フワフワ・プニョプニョして輪郭(りんかく)のハッキリしない滲(にじ)んだものだと思います。ちょうど水彩画が滲(にじ)むように。
経営者は、晴れた一本道を迷いなく道草もしないで歩くような者ではないはずです。常に不確実で白とも黒とも言えぬような曲がりくねった道を迷いながら進んでいく、それが経営者の実態だと思います。なぜなら経営者は、イノベーション(技術やサービスの革新)を起こさなければ従業員を幸せに出来ないからです。利益は、イノベーションなくしては発生しません。
今自分が歩いている道が正しいのか、間違っているのか、それは誰にもわかりませんし、教えてくれません。それでも、その不確実な道を進み続けなければなりません。
その姿は、砂漠を進むキャラバンの隊長に似ています。
その姿は、ストレンジャーであり、いつも橋から川を眺めているムーミンのスナフキンを思い出させます。
その姿は、霧(きり)につつまれた森の中をさまようエクスプローラー(探究者)のようです。
もしも日常の雑務に追われて、茫洋(ぼうよう)と将来の会社の行く末を思い描く時間がないのであれば、その時間を強制的に確保していただきたいと思います。
舩橋会計との会話が、その未来を思いまどろむきっかけになっていただければ幸いです。


レモン市場(しじょう)とは
経済学では、不良品ばかりが出回ってしまう市場のことをレモン市場(英:lemon market)と呼びます。アメリカの俗語で、質の悪い中古車をレモンと呼ぶのが語源です。
このレモン市場を唱えたのは、アメリカの経済学者ジョージ・アカロフ(1970年)です。内容は、以下の通りです。
① レモン市場(中古車販売業界)では、売り手は取引する商品の品質をよく知っています。
② しかし、買い手は、その取引する商品の品質まではよくわかりません。
③ そのため売り手は買い手の無知につけ込んで、悪質な商品(レモン)を良質だとだまして販売する可能性があります。
④ 買い手は不信感からレモン市場(中古車販売業界)では、良質な商品を購入しなくなります。
⑤ 良質な商品が売れないので、結果的にレモン市場では、低品質の商品ばかり出回ることになります。本当は、レモン市場の中にも質の高い中古車もあるはずなのに。
では、このような悪循環を断ち切るためにはどうしたらよいのでしょうか?
ここからは私の見解となります。まずレモン市場がなぜ発生するのか?それは、売り手と買い手の情報格差があるからです。売り手と買い手が同じ量の情報をもっていれば、そこに不信感は生まれません(売り手が買い手をだますことが出来ないからです)。
売り手と買い手が同じ情報をもっており不信感がなければ、「レモン市場(中古車販売業界)の中にも高品質な中古車が存在するんだね」という共通認識が広がります。
そして、売り手は自信をもって「これは良いものだから値段は高くなりますよ」と言えます。
つまり売り手が全情報を開示すれば、悪循環は断てるはずです。
レモン市場は、どこにでも存在します。
このレモン市場を他人事だと思わないでください。レモン市場は、皆様の会社の中にも存在するはずです。本当はすごく良い商品やサービスがあるのだけれども、その情報をしっかり公開していないために、取引先から高品質を期待されていないという状況にはなっておりませんか?
「うちの良さをわかってくれない」とか「本当はいい商品があるのに売れないのはなぜ」というお気持ちはございませんか?もしそういうお気持ちがおありなら、今一度それらの商品やサービスの情報をお客様や取引先に十分公開しているか再確認してください。
もしかしたらお客様側からしたら、「そんなに良い商品があるなら、どうしてもっと早く教えてくれなかったの?」と思うかもしれません。
モニタリングサービス始めませんか?
売り手と買い手の情報格差を経済用語で、「情報の非対称性」と言います。会社と金融機関でもこの「情報の非対称性」が存在します。会社は、財務状態を熟知しています(自分の会社のことなので)。しかし、金融機関は、その会社の財務状態が本当に良いかどうか確信がもてません。だからなかなかお金を貸せなかったりします。
モニタリングサービスを行うと、会社の財務状況をインターネットを通じて金融機関が自由に閲覧できるようになります。財務情報としての「情報の非対称性」が解消されるわけです。会社も金融機関も同じ財務情報を共有するので、そこに信頼感が生まれます。金融機関からすれば、安心してお金を貸すことが出来ます。
外注費などを前払いする製造業や建設業などは、緊急で借入を行う必要が生ずる場合があります。そんなときに日常からモニタリングサービスをして金融機関に財務情報を公開しておけば、緊急の借入にも対応可能となります。
またモニタリングサービスが出来るということは、会社としてレベルの高い財務処理を行っている証拠となります。会計処理が遅れていたり粉飾をしていたりしては、モニタリングサービスを実行できないからです。
モニタリングサービスは、会社のステータスをも上げます。舩橋会計は、TKCのモニタリングサービスをサポートすることが出来ますので、ご質問等あればご連絡ください。

しゃくなげ

事務所のシャクナゲが花開きました。ここまで大きくなるのに10年ほどかかりました。毎年この姿を見るのが楽しみです。


企 業 防 衛 の 意 味
平成30年4月 税理士 舩橋信治
今日は、保険のお話しをさせていただきます。
舩橋会計では、保険のことは「企業防衛」と呼んでいます。では、いったい何から防衛するのか?以下事例を挙げます。

よくあるシチュエーション
●社長がガンで死亡しました。死亡時には、社長の会社に3,000万円の借り入れが銀行からありました。
●社長は保険に加入していなかったため、会社に保険金が入りませんでした。
●社長の奥さんは、一軒家に住んでいました。
●従業員は5名いて毎月の給与支払い合計額は、200万円です。
●この会社は、社長のカリスマ性と技術力で売上を獲得していたため、社長の死亡によって、売上は半減しました。そのため、会社を閉鎖することにしました。

さて、結果はどうなったでしょう
① 家族:会社に借金があった場合には、残された家族の土地建物がとられる可能性があります。アパートや親族の家に住まわせてもらう必要が生じます。
② 従業員:退職金や退職するまでの給与がもらえるか心配です。次の職場が見つかるまでの生活費の確保が心配です。
③ 取引先:会社を閉鎖するまえに未収金を払ってもらわないと、取引先は倒産する可能性が出てきます。

まとめ
かんたんにお話しをつくってみました。しかし、これを作り話と思わないでください。こういった状況になってしまった方が、舩橋会計のお客様にも現実にいらっしゃいます。
社長は、生きている間だけ責任をとればいいわけではありません。死んでからも経営者としての責任は残るのです。自分が今すぐ死んでも、残された家族や従業員や取引先が困らないように準備をすべきです。
通常の保険アドバイスは、節税や運用益を中心に考えます。しかし、舩橋会計は、社長とその周りの人々をやがて訪れる運命からお守りすることを第一に保険アドバイスを致します。だから舩橋会計では、保険のことを企業防衛と呼んでいるのです。

事務所通信 平成30年3月

つれづれ日記  15回目    紙芝居劇場     平成30年3月1日

私は、子供に紙芝居を読んで聞かせるのが毎日のルーティンワークになっております。なぜ絵本でなく紙芝居なのかと申しますと、私の家には三人の子供がおりまして、紙芝居ですと三人に対して一斉に読み聞かせることが出来て効率が良いからです。また一人の子供だけに絵本などを読んでおりますと、残りの子供がすねて階段に行ってしまったりします。三人平等に扱うという点でも紙芝居は良いのです。
しかし、紙芝居の欠点は、一斉に読み聞かすので、それぞれの子供のレベルに合ったストーリーを提供できないという点です。だいたい紙芝居というのは、5歳から7歳くらいの子供向けに造ってあるような気がします。うちの一番下の娘(長女)は2歳ですので、紙芝居を聞いてもそのストーリーは、ほとんど理解していないのだろうと感じます。まー、嫌な顔をしないでじっと聞いているので、お兄ちゃんと同じものを一緒に聞いているという満足を得ているのかなと推測しております。
ただときおり紙芝居を読みたくない日もあります。花粉症などで鼻が詰まっているときや、仕事が忙しいときは気持ちがのりません。ですので、さーとその場から逃げて一人になるようにしています。
私は、人間の五感の中でもとりわけ耳というのは、ひじょうに発達した機能だと考えております。赤ちゃんが胎児でお母さんのおなかの中にいるときに、一番初めに感じたのは、お母さんの心臓の音ではないでしょうか。それを耳から感じているのではないかと思います。
また人が死ぬ間際まで機能している五感も耳ではないでしょうか。死ぬ直前に目が見えなくなって指先の感覚がなくなっても、音だけは最後まで聞こえるのではないかと考えます。
さらに申しますと、赤ちゃんの学習は耳から始まります。まずは親などの声を聞いたり、風の音を聞いたりして、世界の存在を察知するのではないかと思います。
経営者も相手の耳の存在を意識して、言葉を発すれば、それは強力な武器になることでしょう。そしてその言葉と耳の作用を熟知して相手の心を自分の手のひらに収めてしまうことが、既にワザ化されている経営者は、卓越経営者として「他者からの尊敬」という祝杯を味わうことが出来ます。
むかーし、むかし、おじいさん と あばあさん がおりましたと。おじいさんは、山へしばかりに おばあさんは 川へせんたくに ・・・・この僕の声を彼らは、大人になっても覚えているでしょうか?ほとんど忘れているのだろうな。
昔話のストーリーは、必ず決まっています。正直者が幸せになるというストーリーです。ですので、私もミスをしたときには、正直にお客様に全てをお話ししなければならないと感じます。


何をすべきか、と同じくらいに、何をすべきではないか、ということに我々は、責任をもつべきである

上記の言葉は、私のお客様の名刺の裏に書いてあった言葉です。なぜか、私はこの言葉が気になって折に触れて記憶の引出しが開きます。
会社の業績が思うように伸びないケースがあります。この場合、多くの経営者の方は、「何をしなければならないか」と悩まれます。もちろん新しいアイデアを出すことは、とても重要だと感じます。
しかし、それ以上に大切なのは、「何をやめるべきか」ではないでしょうか?利益の発生しない分野に多くのエネルギーを費やしているために、業績が伸びないということは、意外に多いのです。
80年代の日本企業は、世界的にみても圧倒的に強かったです。しかし、90年代に入るとジャパン・アズ・ナンバーワンという言葉に斜陽が差してきます。
その理由は、いろいろと言われますが、大きな要因として、「日本の企業は本業以外をやりすぎる」ということが挙げられます。もうからないのに将来の投資ということで、いろいろなことに手を出しすぎるらしいのです。
たしかにそうかもしれません。私がアイシン精機にいた頃には、いったい何をしているのか全く見当のつかない部署が刈谷の本社ビルに存在していました。
さて、私達個人事業者やファミリー企業も本業以外のことをしていないでしょうか?本業以外のことをして失敗するのも良い経験だと思いますが、それが長期に渡ると深刻な状況になります。
個人事業者の場合は、生活全体が事業とリンクしているため、学校関係の活動や業界団体の役員その他地域のボランティア活動なども本業以外の活動と考えて良いでしょう。
私は、無理をしてボランティアをする必要はないと考えています。雇用を生み出して納税をしているだけで十分に社会貢献をされていると思うからです。
何をすべきか、は広き門で   何をすべきではないか、は狭き門  のように感じます。


自己破産する方の共通点
舩橋会計でも3年に1件程度の割合で、自己破産するお客様がいらっしゃいます。その方々の共通点は、「会計処理をまとめてされる」ということです。会計処理をまとめてする、と以下のような問題が生じます。
●決算の時になって、やっと自社の状況を知る。それまでは、自社が儲かっているのか、損失を出しているのかわからない。
●経営を数値を使って考えることが出来ないため、客観的に冷静に自分を見ることが出来ない。感情的に物事を考えてしまう。
●税金がどれくらい出るのかわからないため、資金繰りに困る。
●数値を使って社内会議をすることが出来ない。そのため、感情的に個人攻撃をするか、その反対に、全く無関心でコミュニケーションをとらないといった状況になる。

そもそも自己破産しないために会計処理を遅れずに正確に行うというのは、中世ヨーロッパの都市国家で始まりました。会計処理というのは、税金計算のために始まったのではありません。自己破産防止のために始まったのです。
むかしの人は、よくわかっていたのです。会計処理が遅れるような会社は危ないと。

また、私は会計処理の必要性を以下のように考えます。
会計処理は、税務署に報告するためのものと一般的には思われています。しかし、税務署の前に、自分が自分に報告をする役割があるのだと思います。
結果がよかろうが、悪かろうが、それはどちらでもいいではないですか。一所懸命に努力したのなら、結果に一喜一憂する意味はありません。
それよりも1年間頑張った自分に、自分が報告をしてあげないといけないと思います。報告しなければ、1年間頑張った過去の自分は無視されたままです。
結果を見るのは、とても怖いことだと思います。本当の自分の力量を知るのは、辛い作業です。ここを直視して冷静に受け止められる方は、とても強い方だと思います。

事務所通信 平成30年2月

つれづれ日記14回目    型の文化        平成30年2月6日
先日、うちの長男(6歳)の通っている幼稚園の授業参観がありました。内容は、剣道です。長男は、普段剣道は嫌いだと言います。先生が怖いらしいのです。しかし、この日は、剣道の防具を付けることができ、その防具が気に入ったようで、剣道は好きと言い出しました。
剣道や柔道、弓道、茶道、書道、香道など日本には、道という字の付く文化が多いです。これらは、全て型の文化ですね。一定の型を学ぶことに、全エネルギーが費やされます。型があると、自由がないようにも感じます。とても息苦しいような気もします。自由とは、型やルールのない無調整の状態をいうような気もします。
例えば政治で、自民党とか共産党とか民進党のように政治には一定のグループがあります。それに反して無所属というアナーキー(無思想)な立ち位置もあります。アナキスト(無政府主義者)は、「自分はアナキストだからどの考え方にも縛られない」と言ったりします。しかし、本人は気づかなくても「どの考え方にも縛られない」という考え方に縛られているのです。
これは会社にも当てはまります。うちの会社は、「どのスタイルにも属さない自由な方針」だ、と言ったとしても、それは、「どのスタイルにも属さない自由な方針」という方針に縛られることになります。究極的な例えではありますが、結局私達人間も組織も一定の型にはまらずに生きていくことは、不可能だと言えます。
また型とかルールというものは、人や組織を本当に拘束するものでしょうか?例えば、道路交通法が存在しなくて、「右でも左でもいいから好きなように走ればいい」とか「車が来ると思ったらストップすればいいから信号はありません」と言われたらどうでしょうか?そんな道は、とても怖くて車では走ることは出来ないですよね。道路交通法という一定のルールがあるから、私達は、車に乗って好きな時間に好きな所へ移動することが可能となります。
音楽ではどうでしょうか?ドレミファソラシドという音階は、教会音楽から生まれました。古典クラシックや歌謡曲は、この音階を使っているので聞きやすいです。ジャズであれば、ブルーノートスケールを使います。フラメンコならスパニッシュスケールを使います。ヨーロッパの舞曲では、ハンガリースケールを使ったものがよく知られています。つまり音階(スケール)という一定の型やルールがあるから、その中で自由な作曲が行なわれるのです。そして、いくら自由に作曲してもスケールという型を守っている以上、曲調は崩れないのです。
こうして考えてきますと、会社にも型やルールが必要なのではないか、そういったものがあった方が社員は自由な発想や取り組みが出来るのではないか、という気がします。反対に、全く型やルールのない会社というのは、とても怖いようにも感じます。型やルールがないということは、社長の「鶴の一声」で全てが決まってしまうからです。
ここで誤解を招かないように補足いたしますが、ここでお話ししている型やルールというのは、単に人を縛り付ける規則のことではありません。例えば、「朝は8時に出勤して遅刻してはいけません」とか「来客があったら、〇〇さんが煎茶を出しなさい」とか「金髪は禁止です」と言ったものではありません。ここでお話ししている型やルールというのは、あくまで社長の理念から生じた、その理念を守るために必要なルールということになります。「金髪は禁止です」というルールも社長の理念から生じているならば、それは人を縛るものではなくて、型と言っても良いかもしれません。
現実的にも社長の理念から発生した型やルールでなければ、従業員はそれを納得して守ろうとはしないと思います。理念なき、ルールの押し付けでは反発を招くおそれがあります。
社長の理念から生じた型を持っている会社は、自由をもっており、その自由な領域の中で社員は柔軟な発想を楽しむことが出来る、と私は現在のところ考えております。
息子は、剣道を続けるのでしょうか?気まぐれな子供なので、明日には別の何かをやりたいと言っているかもしれません。しかし、剣道というのは、考えてみるとつくづく不思議なスポーツです。剣道は、おそらく確実に相手を殺す方法を突き詰めていった末に、現在のルールが出来上がったと思うのです。武士が刀を差して歩いている時代に発展した武道が剣道です。武士が「習い事感覚」で剣道をやっていたとは思えません。本当に相手を殺すことを念頭において、剣道の練習をしていたはずです。でなければ自分が殺されるので。
相手を確実に殺す効率を究極に考え抜いた末に、型が出来た。そこに剣術ではなく剣道という「道」が出来た。道というのは、心の在り方も含めた人の生き方です。効率を究極的に求めていくとそれに相反する心にたどり着く、芸の不思議さというか奥深さを感じます。


平成29年度分の個人の所得税確定について

★申告期限:平成30年3月15日
★下記のうち該当する資料の送付をお願いします。
●国民健康保険料 支払証明のハガキ
●生命保険、地震保険料控除等 支払証明のハガキ
●年金の源泉徴収票 平成29度分
●給料の源泉徴収票 平成29度分
●医療費の領収書 平成29度分
●寄付金の証明書 平成29年分
●住宅借入金控除申告書 平成29度分
●住宅借入金控除のための借入金残高証明書
●個人事業主の方
●現金出納帳 、 クレジットカード明細
●通帳のコピー(A4サイズで130%コピー)
●売掛金明細、買掛金明細、棚卸残高(H29.12.31)
●賃金台帳
●不動産、株等の譲渡があった場合はその資料
お忙しいと存じますが、まだ上記資料を弊所に郵送されていないお客様は、早急にお送り下さいますようお願い致します。


平成29年度分の贈与税申告について

平成29年度中に下記の事項に当てはまる行為を受けた方は、平成30年3月15日までに贈与税の申告書を税務署に提出する必要があります。

  • 借入金を免除された場合
  • 実際の時価よりも著しく低い価格で資産を購入した場合(時価100万円を超えるような資産)
  • 家賃を払ってもらったなど経済的利益を受けた場合(年間の経済的利益が110万円以上の場合)
  • 生命保険金を受け取った場合で、被保険者や保険金受取人以外がその生命保険料を支払っていた場合
  • 年間に110万円をこえるお金を受け取った場合
  • 年間に時価110万円をこえる資産を無償でゆずってもらった場合
  • 土地や建物の名義を変更した場合
  • 株をもらった場合(株主名簿の変更)