クリスマス

クリスマスは日本人には、本来縁のない日だ

しかし、この日はやはり特別な日ではないかと思うのです

1年でもっとも静かになる日だと思うのです

僕はこの日には、学生時代の恋愛を思い出します

全く勉強をしなかった学生時代

もっと勉強すれば今とは違う自分になっていたような気もする

でも恋愛を通して学んだこともあるような

それが今は役に立っているような気もします

当時、クリスマスの日 ラジオからこんな言葉が流れてきた

ふるい恋の話しです

なぜかそれが印象的で忘れられなかった

そしていつか自分も

ふるい恋などという言葉を使う日が来るのだろう予想していた

予想は敵中した

今はもう古い恋の記憶となった

僕も歳をとったんだ

クリスマスには古い記憶がよみがえる

そんなとき

経済に流されながらも

優しい大人になりたいと思う

 

 

 

販売単価の上昇を依頼する

原価計算の目的は、販売単価を決定するためにあります。

しかし、実際のところ販売単価というのは、こちら側の一方的な要望で決定されるわけではありません。当然のことながら。

相手が、こちらが提示した販売単価で了承するかどうかはわかりません。

こちらの要望が通らないのなら、わざわざ正確な原価計算をする必要がないのではないか?と感じる人もいます。

しかし、正確な原価計算をしなければ販売価格の決定が常に直観に頼ったものとなってしまって、いずれは損失が出ていても気づかない常態になってしまうことでしょう。

また販売単価決定という内部的なものだけでなく、外部の株主に報告したり税務署に提出したりと原価計算は外部報告のために行うという性質もあります。

ですので、原価計算というのは内部目的のためにも外部目的のためにも、いずれにせよ正確に行わなければなりません。

なんとなく適当に原価計算をやっておけばいい・・・というレベルを脱却してなるべく正確な原価計算をしていくという姿勢が大切です。

そして最終的には、販売単価の上昇を取引先に依頼することも必要になってきます。例えば、この単価ではうちには損失が出てしまう、企業としてやっていけない、だからもう少し販売単価を上げてほしい、とお願いすることも出来ます。

正確な原価計算に基づいて、なぜ販売単価を上昇するのか、なぜうちの会社はこの販売単価を希望するのか、ということが客観的な資料を基に言えれば説得力が出てきます。

相手側も購入先に赤字を出るとわかっていて値下げを要求するようなことはしないはずです。

もしそういう要求を当たり前のようにするのであれば、その会社は社会で存続が出来ないはずだからです。

なぜうちはこの販売単価で販売するのか・・・それを原価計算に基づいて自信をもって交渉出来れば、相手との話し合いも数字に基づいて感情を入れないで冷静に行うことが出来きます。

つまり平和的な感覚のもとに価格交渉が出来るということです。

 

 

限界利益の限界

原価計算においては、限界利益を算出することは一般的なことです。

限界利益とは、売価から変動費を引いた金額を言います。

逆に言うと、固定費は引かないわけです。

例えば、ビスケットが商品としてあったとします。

そのビスケットの原材料が小麦粉と砂糖だとします。

その小麦粉と砂糖が変動費になります。

小麦粉や砂糖は、高級なものを使ったり量を減らしたりできますね。

そのように変化させることが出来るものを変動費といいます。

そのビスケットに対してどれだけの変動費が投入されているかというのを計測するのは、比較的簡単なんですね。

でも固定費がどれだけその商品に対して投入されているか計測するのは、難しいです。

例えば家賃や役員報酬などは固定費ですが、これらがそのビスケット一つに対してどれだけ投入されているかを計測するということは簡単ではありません。

それはさておき、とにかく売価から変動費を引いたものが限界利益です。

これは、固定費を算入しないので誰でも算出することは可能です。

ですので一般的に限界利益が話題によく上るのです。

限界利益が必要だからというよりも限界利益が簡単に求められるからそれを話題にするというのが実情でしょう。

本当は、そこからさらに固定費も控除したいのです。

ビスケット一つにどれだけの家賃金額が投入されているのか・・・これを計測していく、それが今の私の課題です。

原価計算とは

経営者の方は、原価計算という言葉をよくご存じだと思います。

とくに製造業の方は、普段からよく目にする言葉だと思います。

しかし、ここでは原価計算という言葉を知らない方を前提に基本的なことをお話しします。

簡単にいうと、原価計算とはその商品を販売するのにいくらかかったかを計算することです。

例えば100円のケーキを売るためにいくらお金がかかっているかを計算したりします。

ケーキですとバターや小麦粉や人件費が使われています。

また細かくは、家賃や水度光熱費などの固定費なども使われています。

こういった経費を計算して原価がいくらかを計算することが経営ではとても大切になってきます。

ただ言葉でいうのは簡単ですが、実際に原価を計算するのは実務上はとても難しいことなのです。

例えば水道光熱費がそのケーキにいくら使われているかを計算するには、そのケーキを作るまでにかかった時間を計測しなければなりません。

またそのケーキに人件費がどれだけ投入されたかを調べるには、ストップウォッチでケーキが出来上がるまでに要した時間を計測しなければなりません。

そこまで大変なことを一体誰がやるのか?ということになります。

ですから原価計算というのは、学習上は簡単なのですが、それを実務でアジャストして行うのはとても難しいことなのです。

そんな難しい原価計算を研究し報告していきたいと思います。

ではまた。

損益分岐点

損益分岐点というのを、経営者の方はご存知でしょうか?

損益分岐点というのは、売上がある基準を超えるとそこから先は利益が出るというその基準をいいます。

例えば、売上が1億円を超すと利益が出て、売上が1億円未満なら赤字になるとします。

その場合、損益分岐点は1億円ということになります。

この自分の会社の損益分岐点がいくらかということを知らない経営者の方が意外に多いのです。

最低でもいくら売上なければいけないか、こういった基準を明確にわかったうえで経営をすると一つの努力目標が出てきます。

ただ何となく事業をするのと目標があるのとでは、最終的な結果が大きく違ってきます。

毎日真面目に努力をしているはずだから、ちゃんと利益が出ているはずだ・・・という考えでは組織は維持出来ないということですね。

もちろん真面目に努力することは、とても大切ですし立派なことです。

でもそこに経営の無駄をなくしたり高収益を生む事業スタイルを確立したり、そういったアイデアを求める気持ちがなければ安定した利益を獲得できないということです。

そもそも事業を行って毎年確実に利益を出すということは、ひじょうに大変なことなのです。

自分はまじめに働いているから、経営の数字は気にしなくてもちゃんとやっていけるはずだ・・・こういった考えを捨てていただいて、経営の数字に興味をもっていただきたいと思います。

まずは損益分岐点という一つの努力目標をお持ちいただきたいと思います。

 

ダメな者は、本当にダメなのか?

組織は、その組織にとってダメな者を排除しようとします。

ダメという表現を変えると、異質な者・異端な者・非生産的な者・非効率的な者といった表現になるでしょう。

こういう人がいたらリストラしよう退職に追い込もうと多くの経営者は、考えます。そうしてそういう経営者の姿勢に誰もが疑問をもたないでしょう。

しかし、ダメな者が見えない形で組織を助けているということは、よくあることなのです。

例えば、働かないアリは、働き者のアリが疲れたときに活躍するそうです。

働かないアリがいた方が組織は、長続きします。

全員が働き者だと、全員が疲れてしまうからですね。交代できなくなってしまうわけです。

これは、一例ですが、その組織にとって必要と思われていない者も長期的にみればその組織を救う存在になることも多いのです。

また仮に、その異端者を組織から排除したとします。そうすると、今度は、次の異端者を経営者は探し出すことでしょう。

常に誰か排除する人間を求めるのが経営者や組織の性質でもあります。

なぜそういうことをするかというと、自分でも気づかないうちに自分を肯定するために否定する人間を探してしまうのですね。

人を攻撃すれば、自分の欠点や過ちを顧みる必要がないからです。自分を顧みるというのは勇気がいるし、しんどい作業なんです。

でもそうやって常に異端者を探して排除し続けるという行為を続けると、当然のごとくその組織にはベテラン職人が増えない傾向になってしまうので、その組織は存続できなくなってきます。

長期的に経営を考えてその組織を守ろうとするのであれば、異端者も守らなければならないといえます。

異端者さえも受けいれるという寛容な組織のあり方が、その組織を発展させるんですね。

振り返れば文化の発生というのは、常に異文化と異文化の衝突から生まれてきました。新商品や新サービスの開発がなければ組織は存続できません。そして、新商品や新サービスを作るというのは、まさに文化をつくるのと同じです。

もう少し延長していえば、自分と同じ性質の人間とは組まない、くらいの異質な者を求めるくらいの柔軟性があった方がその組織は永続する可能性が高まります。

非効率的な人間がいたら、すぐにダメな奴、といって切り捨てるのではなく、面白い奴、興味の湧く奴というふうに味方を変えてみてください。

どんな人だって長所のない人間は、いないはずですから。

 

会計データの入力の仕方

会計データの入力の仕方をご存知の方は、意外に少ないです。

領収書や通帳の数字をただ単に入力するだけだと思われている方が多いのです。

しかし、会計データは、細かなことに注意をして入力する必要があります。

例えば、飲食店に行った場合には、金額以外に次ぎのようなことも入力します。

お店の名前・一緒に行った相手の名前・相手の所属する会社名・合計人数

いかがでしょうか。けっこうたくさんの情報を入力しなければなりませんよね。

こういった情報は、すぐに忘れてしまいますので、できるなら領収書をもらった時点で領収書の裏にこれらの情報をボールペンで記入しておくとよいです。

えー、そんなめんどうなことするの?と思われるかもしれませんが、仕方がありません。

2年3年経過してから税務調査が入り、質問されて答えられない、そのあげく経費を否認される・・・なんてことになるよりは、ずっと良いですよ。

またカーマに行った場合も、以下のようにデータ入力します。

カーマ・工具・かんな・釘など

つまりお店の名前だけでなく、何を購入したのかまで細かく入力します。

そして、購入品目が複数ある場合には、代表的な品物だけを入力してあとは、〇〇等と入力しておきます。

それから現金が増えたり減ったりした場合には、通帳と関連していることが多いです。

そんなときは、〇〇銀行より引き出し、というふうに、どこの銀行と関連しているかを入力しておきます。

このほかにも入力の仕方で気を付けなければならないことは、数多くあります。

基本的に、多くの情報を丁寧に入力しておく、という心づもりでやっていただければ大きな失敗はないと思います。

 

ヨン様のセリフ「お金が怖い」

ヨン様といえば、韓流映画ですね。

そのヨン様のセリフで次のような言葉があります。

「やくざが怖いって!いや、やくざよりも怖いものが世の中にはあるよ。それはお金がない恐怖だ。貧困は人を変える。」

いやー、このセリフ、聞いているだけでゾクゾクと身震いしますね。

とくに、「貧困は人を変える」という部分。

そうお金がないということは、誰にとってもすごく怖いことなのです。

しかし、お金が徐々に減少しつつあり、本人もそれに気づいていても、他人事のような人もいます。

自分のことなのに、当事者意識がもてないというケースです。

これは、貧困を経験したことがない人に多いパターンです。

貧困を経験したことがない人は、お金がない怖さを知らないんですね。

だからもう直お金がなくなるということが予想できても、いまいち自分のことのように考えられないのです。

こういう経営者に対してコンサルをすることが最も難しいのです。

理論的に、あとどれくらいでお金がなくなるか、どうすれば改善できるのかを分析的に説明します。

その経営者自身もその場では、そうだそうだと理解をします。

しかし、実際に経営の現場に戻ると改善策をなにも行動に移さないのですね。

貧困を経験したことのない人というのは、貧困にたいして弱い、貧困にいとも簡単に襲われてしまいます。

貧困を想像できない。これは、すごく恐ろしいことなのです。

経営悪化に気づくには時間がかかる

経理代行・マネジメント代行の良いところは、経営が悪くなったときにすぐに経営者に報告できることです。

この経営悪化というのは、自分ではなかなか気づかないんですね。

なぜかというと、お金の支出が増えて行くのは心が麻痺するからです。

これってすごく怖いことなんですよね。

お金って入ってくることはよく気付くのですが、出ていくのは不思議と気づかないんです。

ですから経営悪化に向かっている経営者の口癖は、「どうしてお金がないのか?うちの会社にお金がないはずはないでしょ」なのです。

預金の残高などが減少してきて、いろいろな支払いが滞りはじめて、初めて経営悪化に気づきだすんですね。

でも、それでは遅いのです。

早く経営悪化に気づいて、その改善をいち早くしていくことがとても重要です。

経営の改善策を見つけるのは簡単なことではありません。

どこで無駄が発生しているのかを分析しなければならないからです。

すぐに経営悪化に気づき、すぐに経営の改善策を見つける。

これができるのは、税理士だけではないかと思います。

経理代行・マネジメント代行の必要性は、このようなケースでも存在します。

男性は弱音を言えずに苦しんでいる

女性の社会進出を考えるうえで、男性の勤務形態も同時に考えなければならない、というお話を以前しました。

つまり、男性の仕事量が多すぎるので、それを女性にシフトしなければ男性は女性をサポートすることさえ出来ないということですね。

男性が女性をサポートしなければ、女性は社会進出することは不可能です。

これは男性がとても楽になる良いことだと思います。

男性は、残業も含めてバリバリ働くのが当たり前になっています。

私自身も周りからは、「そんなに働いたら死んでしまうので、もう働かないでほしい」、と言われます。

でも私は、自分が死んでしまう気はしません。えらいと思いますが、体がえらいだけなので、心は大丈夫なので、寝れば回復するだろう、くらいに考えています。

でも私も会社員の時期があって経験があるのですが、自営業者のえらさと会社員のえらさは、その性質が全く違います。

自営業者は、えらいと言っても自分で選んだ道なので納得感があるんですね。あきらめもつきます。

しかし、会社員の場合ですと、上司の命令でやらざるを得ない場合が多いので、いつでも納得できるわけではありません。

つまり、男性は男性で悲鳴をあげたいのです。

でも文化として、男性が仕事について悲鳴をあげると「弱い」と言われてしまいます。

本当は、「もうダメだ」と言いたいのだけれども、それを言えないのです。

だから、私は、男性は正直に「もうダメだ」と言えばいいのだと感じるんですね。

そういうふうに男性も自分の弱い部分を見せれないと、女性の社会進出は進まないと思います。

男性も女性も同じように不安を抱えている。どちらも働きすぎると悲鳴をあげる。

だから男性と女性で仕事をシェアして、負担を分かち合おうというふうに考えるのです。

その分、男性も子育てに協力する必要がありますね。

男性は社会が思っているよりも弱い存在だと思います。

そういう男性の弱さが当然、という文化で出てくると、女性も社会進出しやすくなることでしょう。

今まで男性は、やせ我慢をしすぎたのではないかな。

結局、児童虐待や家庭のドメスティックバイオレンスは、男性の仕事のストレスが原因になっていることが多いんですよね。

男性が弱さをさらけ出すことができれば、そういった社会問題も減少するのではないかと思います。